狛犬を見かけると、どうしても近寄って写真を撮りたくなります。
狛犬はもともと獅子として伝わったとも言われていますが
獅子も好きですし、龍も、一角獣も、いわゆる幻獣と言われるジャンルが好きです。
アニメのキャラクターにもそのようなカテゴリーがあるので
幻獣を愛好する層は、かなりの数、いるのでしょう。
アニメのことはよくわかりませんが、僕が好きなのは
古来から信仰を集めてきた幻獣です。
幻獣を見出す古の人の心には
荒ぶる強さ、逞しさ、豪放さなどへの憧れを感じます。
その強い憧れが、見たこともない獣の姿を、ありありと現前させ
石や木の塊から、まるでそこに閉じ込められていた獣を救い出すかのように
彫像として生み出してきた精神の働きに、途方もない力を感じます。
見たこともない何かを白い紙に絵に描くだけでも、
文字通り想像を絶する力が必要なはずなのに
それを、石や木から削り出すのは「どうしてもその獣を現前させたい」という
ほとんど狂気にも近い執念が必要なのではないかと思います。
現在、テクノロジーの力を借りれば
古の人の労力とは比べ物にならないわずかな労力で
想像上の存在を、絵として、彫像として、動画として、現前させることができます。
そこには、古の人の狂気に近いような執念は、必ずしも必要ありません。
狛犬を見かけると、どうしても近寄って写真を撮りたくなるのは
その精巧さや力強さに惹かれるのではなく
狛犬、獅子というその存在に、古より込められてきた願い、憧れの深さにこそ
惹かれているのだと思います。
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