本屋の中をぶらぶらするのが好きです。
何の目的もなく本屋に入り、入口すぐにある「○○フェア」のような平積みを
取りとめもなく眺め、単行本の新刊コーナーをゆっくり見て歩きます。
単行本は大きくて高いので、専門書でなければ、あまり買いません。
文芸書はたいてい文庫本で買います。
文庫本コーナーを経て、雑誌コーナーに至ります。
雑誌コーナーの良いところは、あらゆる分野の雑誌が
その内容を表紙でわかりやすくアピールしているので
歩くだけで、いろんな世界のことが直感的に伝わってくることです。
盆栽もあれば、バイク、俳句、料理、収納、ファッション、サッカー、アイドル
などなど、ざーっと歩くだけで、世の中には、どんな営みがあるのかが
次々と目に飛び込んできます。
ファッション誌のコーナーでは、カッコよさや美しさを極めたような
モデル、芸能人が、こちらに最高の表情を向けてくれています。
ひとりひとりの顔を見るだけで、こちらの顔が綻びます。
はたから見たら、ちょっと不気味な光景でしょうけれど。。。
というわけで、僕は街の本屋をあてもなくぶらぶらするのが好きです。
本を見るだけなら、アマゾンのようなオンライン書店でも十分ですし
情報量や本探しのしやすさは、アマゾンの方がはるかに上です。
でも、僕は、街の本屋が好きです。
それは多分、ぶらぶらと、自分の足で歩きながら
本の世界をめぐることが、充足をもたらしてくれるからだと思います。
足を使ってぶらぶら歩き、目をあちこちに巡らせながら、思いがけない発見をし
本を手に取り、重みと紙の匂いを感じ、指先でパラパラめくり
こういった、体を使ったひとつひとつの本屋巡りの行為が
僕を豊かな気分にさせてくれます。
時折、ふっと立ち止まって、気が遠くなるようなことがあります。
それは、この本屋の棚にある本すべてに含まれる知恵や思いや情報を足すと
どれくらいの重さに、広がりに、高さに、深さになるのだろうと考える時です。
様々な著者が、編集者が、記者が、いろんな思いで本を世に送り出します。
この棚にある1冊1冊の本の向こうに、ひとりひとり違う顔を持った
本の送り手がいると思うと、限られた本屋のスペースは無限の世界にも思えます。
その無限の世界を、自分の体を使って、いろんなことを感知しながら
歩いている、巡っているという実感は、オンライン書店では味わえないものです。
今、いろんなことがオンライン化して、リアルの価値が問い直されていますが
僕は、自分がその世界にありありと存在し、動き回れるという点において
街の本屋は、オンライン書店をはるかに、当分の間、凌駕し続けると信じています。