2022年3月5日土曜日

七福神についての勘違いが。

 幼い頃、おばあちゃん子だった僕は

祖母の歌や昔話を聴きながら育ちました。

どんな歌で、どんな話だったのか、ほとんど忘れてしまいましたが

「いなばのしろうさぎ」のことは、よく覚えています。

話の筋を覚えているのではなく、ひとつの場面を強く覚えています。


皮を剥かれてしまったウサギの姿や痛さを何度も想像して

忘れられなくなってしまったのと

何かの植物の上に寝転ぶと、ウサギの毛が元に戻ったというできごとが

なんで植物が動物の毛になるんだろう?という不思議とともに

記憶されていました。


その物語で、ウサギを救ったのが「だいこくさま」だということも

どんな文字を書くのか、どんな意味なのかもわからず

祖母の語りの中で覚えました。


当時、僕がいつも過ごしていた居間には、

にっこり微笑んだ太っちょの男の人の置き物がありました。

手触りが良くて、そのお腹や禿頭を、よく撫でていました。

撫でれば撫でるほど、ますますにっこりするように思えたのです。

僕が祖母から、いなばのしろうさぎの話を何度も聴いていたのは、その部屋です。

その太っちょの男の人の置き物を見ながら、撫でながら聴いたことも

あったと思います。

いつのまにか、僕は、その置物は大国様なんだと思うようになっていました。

確か祖母は、「これは神様なんやで」と言っていましたし

余計に、うさぎを救った神様である、だいこくさまだと思い込んだのでしょう。


今でも、その置物は実家にあります。

今日、実家の仏壇で、今は亡き祖父母に手を合わせた時

すぐ近くにある、その大国様であるはずの置物が目に入りました。

昔は居間にあったその置物は、今は仏間にあったのです。


近くでよく眺め、触ると、幼い頃の感覚が蘇りました。

それから、ふと、大国様ってこんなんだったっけ?と違和感が浮かびました。

七福神のひとりには違いないけれど、大国様はこんな姿ではなかったような。。。

すぐに調べてみました。僕の違和感が正しかったことがわかりました。


どうやらその置物は、布袋様のようです。

僕の中では、七福神を思い浮かべる時には、大国様は大国様として浮かびます。

なのに、幼い頃に撫でていたその置き物を目にすると

すでに知っている大国様とは違う姿形なのに

自動的に「これは大国様」と考えてしまうのです。

僕にとってのそれは、かけがえのない、唯一の大国様なのかもしれません。





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