2022年3月25日金曜日

ただそこにいることが許される場所が。

 書店に行けば、普通は本を物色したり

お目当ての本があれば、その棚に向けてまっしぐらだったり。

コンビニに行けば、缶コーヒーを買い、立ち読みはあまり許されないので

そそくさと店を出たり。

職場に行けば、仕事を次々とこなし、より短時間でより高い成果を出せば

高い評価を受けて、良い待遇を得られたり。

学校へ行けば、授業を受けて、テストのために勉強をし

成績を返されるたびにヒリヒリとした思いをし

そこから束の間逃げ出そうとしてゲームに没頭すれば

ついついのめり込んで、親に怒られたり。


世の中、とかく忙しいというか、すべきことが詰まっているというか

あっちにいっても、こっちにいっても、そこですべきことが決まっていて

いや、時には、何にも決まっていないこともあるのですが

今時は、ネット情報が豊富で、どこどこへ行ったら、なになにをした方が良いとか

余計なアドバイスが山のようにあります。


ボーッとテレビやネットを見ているだけでも、すべきことが押し寄せてきます。

CMであれ、ドラマであれ、スタイリッシュだったり、可愛かったり

頑張り屋だったりする登場人物が、魅力的な日常を生きてみせます。

そこに込められた暗黙の、時に明示的な、メッセージは

あなたの生活は、まだ不十分ですよ。こんな生活してみたいでしょ。

だったら、これを選びなさい。これをしなさい。

という、視聴者の生活の欠落を指摘し、その充足を商品やサービスによって

埋めるように誘うものです。


世の中が忙しないのは、押し寄せる情報のせいでもあり

都市化が進んで、目的に向けて効率的にそれを達成する機能的な場所が

街に溢れてしまったせいでもあるように思えます。


何もしなくてもいい、ただそこにいることが許される場所。

一見、無駄で、非効率で、何のためにあるのか、よくわからない場所。

濃密な町の中に、そんな余白や余剰のような場所があることで

何もしない、ただただ、そこにいるだけ、という時間が持てるのではないかと思います。



0 件のコメント:

コメントを投稿