特に信心深いわけではありませんが
神社やお寺やお墓では、手をあわせると心が鎮まります。
それは何か、これまでその場所で積み重ねられてきた祈りと
つながるような感覚です。
人が住まなくなった家は傷むのが早い、といいます。
手入れをしなくなるから、というのもあるでしょうけれど
家に対する愛着や、使うことによって伝わる気持ちが
家を傷むことから守るような側面があるのではないでしょうか。
それと同じく、神様がいるかどうか、ご先祖様が見ているかどうかは別として
神社やお寺では、その長い歴史の中で、たくさんの人が手をあわせ
真摯な祈りを祈ってきたのですから
その気持ちは、その場所に、少しずつ、少しずつ、祈りの痕跡として
積み重ねられているのではないかと思うのです。
そうやって積み重ねられた祈りの痕跡が
その場所の神聖さを支えるひとつの要素ではないでしょうか。
僕は、そのような空気と自分が響き合う時、すーっと心が静まっていくのを感じます。
思えば、僕のこの心身だって、僕自身が作り上げたものではなく
遠い祖先から少しずつ少しずつ、思いのこもった遺伝子を受け継ぎながら
いまここにあるわけですから、祈りの積み重なった場所で
響き合い、心が鎮まるのも、当然のことかもしれません。
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