多くの人にとって
意見を言いやすいこと
判断を下しやすく思えること
というのは、えてして
考える価値がさほど高くないこと。
考えるに越したことはないけれど
そんなに労力を費やしてまで
ましてや、対立やすれ違いのストレスに
耐えてまで考えるほどのことでもない。
でも、考えやすいから考えてしまう。
意見を言って、他の意見に優位したり
誰かの考えの欠点を指摘したりする
自己承認欲求や攻撃欲求を満たせるから
考えてしまう。
そうやって
私たちの時間も能力も
たいして考える価値のないことを考え
心労を溜め込んでいくことに費やされる。
そうやって
本当に考えるべきことを
考える時間と能力を失っていく。
本当に考えるべきことが
どうでもいいことに埋没していく。
本当に考えるべきことは
答えがわからないから、考えにくくて
そう簡単に判断が下せない。
何が正しいのかわからない。
だから、目を背けられる。
目を背けている罪悪感は
言葉にはならなくても、少しずつ溜まっていく。
だから、ストレス解消のように
考えなくてもいいことを考えて
他者と意見を交えて、エゴイスティックな欲求を満たす。
または、満たすことに失敗してさらにストレスを溜め
別の吐け口を探す。
決して、考えるべきことを考える方向には向かわずに。
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