2022年3月23日水曜日

過去が不確定であること。

 過去に体験したことについて思い出していると

いつの間にか記憶が都合よく脚色されていて、無自覚だったり

または、とんでもない勘違いが紛れ込んでいたり

時を隔てたふたつの出来事が一体のものとして記憶されていたり

記憶が変形していることがよくあります。


完璧な記憶なんてものがないのであれば

過去に何が起きたかは、どこまでいっても不確定なんじゃないか

そんなことを考えることがよくあります。


事実はひとつ、とはいうものの、事実は何らかの解釈を含み

解釈はある特定の立場、利害などからなされるので

誰がいつ解釈するかによって、過去の事実の意味はいくつも生まれ得ます。


過去に何があったかは、思い出す人と、時期によって変わります。

青年時代の苦い思い出が、中年になって微笑ましい出来事として思い出されたり

かつては大成功だと自負していたことが、今思えば、赤面ものの勘違いだったり

人は成長したり退化したり、とにかく時間と経験の中で変化していきますから

過去を見つめる視点も解釈も刻々と変わっていきます。

だから、過去に何が起きたのかは、どこまでいっても不確定だと思うのです。


過去については何も知り得ない、という希望のない話にしたいわけではなく

過去からは、振り返るたびに、多様な意味を発掘することができて

それは、未来を切り開く手がかりやエネルギーに変換できるはずだ、という

希望に満ちた話をしているつもりです。



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